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 コスメキッチンの誕生は、1本の歯磨き粉だった!?/サステナnote

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コスメキッチンの誕生は、1本の歯磨き粉だった!?/サステナnote

2020.09.28

SDGsを毎日の生活の中で子供たちにできるだけ簡単に、わかりやすく伝えていこう!と、2030年を生きる未来の子供たちをテーマにした連載「サステナnote 子育て編」。連載第4回は【SDGsの項目12/つくる責任つかう責任】をテーマに。SDGsが叫ばれる現在、今やオーガニック素材が当たり前の世の中になっています。そんなオーガニックの先駆者的なコスメキッチンができたのは16年前。当時はオーガニックが全く浸透していない世の中でした。そこから、どう成長を遂げたのか、創業メンバーであり現株式会社マッシュビューティラボ取締役副社長兼株式会社エコストアジャパンの代表取締役社長の椋林裕貴さんに話を伺いました。

小脇 オーガニックコスメを日本に広めた、先駆者的存在でもあるコスメキッチン。今やコスメを選ぶ1つの選択肢として、「オーガニックコスメ」があるように思いますが、コスメキッチンを立ち上げた当初は、まだ日本にオーガニックコスメというのはそれほど浸透していなかったですよね?

椋林 そうですね、コスメキッチンは立ち上げた当初、実は最初はオーガニックコスメのブランドではなかったんですよ。株式会社xavel(現・株式会社W TOKYO)という東京ガールズコレクション(以下、TGC)を運営する会社で立ち上げたブランドなんです。

小脇 そうだったんですよね!びっくりです。

椋林 当初は、xavelで運営していた「girls walker」という携帯サイトで扱っていたコスメや、ドラックストアで取り扱っているようなコスメを扱っていて。携帯サイトで販売している人気のアイテムを実際に試せる場所という位置づけで代官山に路面店をオープンしていて。それがコスメキッチン(以下、コスキチ)のスタートです。元々僕は、プランタン銀座というファッションビルのMD、バイヤーを担当していて。当時はアパレルがとても元気な時代で。ブランドがどんどん生まれては、ヒットするような感じでした。

小脇 そうですよね。私も大学卒業後に就職したアパレルブランドでプレスをしていて、そこのブランドがプランタン銀座でデビューする際に、椋林さんがMDとして担当してくださっていたのが出会いですよね。雑誌CanCamが80万部売れていて、えびちゃんOLが大ブームで。まさにそんなえびちゃんOLに向けたブランドのプレスを担当していました。

椋林 そうだよね〜。懐かしいね。プランタンのMDを経て、xavelに転職してTGCの立ち上げや、girls walkerのEコマース責任者、LAブランドkitsonを日本に持ってきたり…とファッションの新しいカルチャーをどんどん生み出していました。そんな中で、当時の社長からコスキチが赤字続きで大変なことになっているからなんとかしてくれ!と無茶振りされて(笑)。当時は、毎月200万円の赤字だったんですよね。確かに百貨店のバイヤーはしていたけど、コスメは全くの担当外。僕に務まるのかな?と不安な気持ちでお店を訪ねました。そして当時のコスキチの店長にまずは話を聞こうとお店に行って。そしたらまず店長に「私、幸せになりたいんです」って言われて。もう「えっ!?」なんなのってびっくり。でもよくよく話を聞いていたら、彼女は本当にコスメが好きな女性で。ずっとコスメを扱ってきたけれど、だからこそコスメの良いも悪いも感じていると。当時扱っていたコスメは、オーガニックとかではなったのですが彼女はそれを「ここに今、置いてあるコスメは添加物だらけなんです。そして、石油由来のコスメもたくさん。それを私たちの肌に塗って、それが毛細血管を通して体に入る。それで女性が幸せになれますかね?」「しかも私は販売員として、ここにあるコスメが体には良くないと知っていながら商品をお客様に売って、ありがとうございますって言っているんです。それがもう本当にストレスで。」と言われ。今までコスメの原料なんて全く考えたこともなかった僕は、目から鱗で。本当に衝撃を受けました。そして彼女の提案をもとにお店の一部でオーガニックコスメを扱うことになったんです。でも当時の日本はオーガニックコスメと言ってもそこまでまだ種類がなくて。AVEDAとか、ニールズヤードみたいなのが少しづつ入ってきているくらいの感じで。でも僕の勝手なイメージで言うと、オーガニックを使う人ってストイックな人というか、ちょっと排他的なイメージだったんですよね。だから、今までビジネスをしてきた世界とは真逆で(笑)。その子が言っていることはものすごく大事なことだし、わかるけど、ビジネス的には利益が出るのか?とか、万人に受け入れられる物なのか?とか色々と考えないとなと思って。

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小脇 確かに、当時は「オーガニック」という言葉は、どこかストイックな生活とか、ヨガをやっている人とか…今よりもう少し、限定的な感じでしたよね。

椋林 そうそう。でも少しは理解しようと思って、また次に店舗に行った時に仕入れがスタートしていたオーガニックの歯磨き粉を買ったんですよ。歯磨き粉といえば、当時のイメージだと300円くらいで買えると思うでしょ。値段を見ずにレジに持って行き、1000円札を出して「あっ、これでお釣りでジュースでもスタッフで飲んで」と言いながら商品を出したら「いや、これ1260円なんで、そもそも足りません」ってうんざりした顔で言われて(笑)。もうびっくり。そんだけ高いんだから、さぞいい物なんだろうと家に帰って使ってみると全く泡立たなくて!! 今はだいぶ意識も変わったけれどCMなどの影響で当時は歯磨き粉は泡立って、洗い上がりもすっきり、キュッキュッ!!みたいなイメージだったでしょ!?(笑)従来の歯磨き粉と比べたら、洗い上がりもイマイチに感じてなんなんだこれは!?と思って。店長に聞いたんです。この歯磨き粉なにがいいの!?って。そしたらまたうんざりした顔で、でも丁寧に説明してくれて。「まず、これはとても地球に優しい素材でできているんです。何がすごいかっていうと生産者さんたちが何百年も土地を守って作り上げたものを使って一切添加物を使わずに作っていて。口から流れた生活排水が自然分解して、海を全く汚さずに自然に還るんですよって。洗い上がりもすっきりした感じではないかもしれませんが、実際にはきちんと汚れも落ちているし、しかも口内環境を自然と整えてくれるので長期的に考えたら、体にもとても良いんです」と。僕、元々サーフィンをやっているので、「海を汚さない」というキーワードにすごい感動しちゃって。そしてその夜、本社に戻って社長や、取締役たちと西麻布に飲みに行きまして。シャンパン片手に、深夜2時に、オーガニック歯磨き粉の良さを永遠とプレゼンしたんですね(笑)。

小脇 想像つくけど(笑)。やっていることが真逆すぎますよ!!(笑)

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椋林 本当だよね。西麻布で夜な夜な飲み歩くような、ギラギラしたメンバーの前で、オーガニックな生活をプレゼンしている訳だから。でも話しているうちに、オーガニックって心に作用するんだなってその時感じちゃって。物の良さでいうと、もちろん今の製品は違うけれど、その当時はオーガニックな物はどこか使いにくかったりとか、不便な部分もあったんですよね。値段も高かったし。でも使っているとなにがいいかって、一番の作用は「人の心を変える」という作用だなと。もし日本中の人がオーガニックというものを手に取り僕と同じような実感を得て、第三者にこうやって伝えていくことができたら、すごく広がる可能性があるんじゃないかなと思って。しかも環境にとっても生産者にとっても、お客様にとっても、地球の未来にとっても良いから、素晴らしい仕事だなって心の底から思っちゃったわけですよ。もう火がついたら早いので。次の日今度はちゃんと昼間に(笑)。当時の社長にプレゼンをしにいって。お店の商品を全部、オーガニックコスメに変えさせてください!!ってお願いして。OKをもらってその足でお店に行き、スタッフの女の子たちに全部自分たちの好きにかえていいよ!!と話して。みんなで一緒に取引先を新規で開拓したり、もういろんなところを回って世界中の良いオーガニックコスメを探し回って。そんなことをスタッフとコツコツしてやっていて。そんな姿勢に共感してくださる方が増えて行って。そして名古屋のラシックのバイヤーさんに初めて声をかけていただき出店したのが2008年の春。そしてその後、日本橋コレドに出店が決まり。風間ゆみえさんとか、梨花さんとかがブログに書いてくださったりしたことで少しづつ日本でもオーガニックコスメってなんかいいよね…みたいな風潮が2008年あたりから、広まってきたんです。店舗の売り上げ自体は上がってきたのだけど、仕入れという特性もあるからまだ赤字続きで。それでもなんとかこの価値観は絶対に日本の未来に必要なんだって信じてやってきて紆余曲折あり…。2010年に、今のマッシュ ホールディングスに移動して、マッシュビューティーラボとして立ち上がりました。

小脇 確かにその当時は、まだまだオーガニックコスメって一部の意識の高い人とか、お洒落な人たちの物ってイメージでしたよね。どこから今のコスキチのように、一般のお客様に広がったんでしょう?

椋林 1つは、2011年の震災がきっかけかなと。個人的には。その当時から、女性が自分の口にする物、身に付けるものとかへの意識が変わってきたかなと。そして次の転機は2013年ですかね。アーリーアダプター層と呼ばれる、感度の高いモデルさん、ヘアメイクさんなどがプライベートで愛用するようになっていて。私物紹介のページとかでよく登場するようになっていて。ジェシカさん×SHIGETAのポップアップストアを二子玉のコスキチでやったのが2013年頃かな。その頃からメディアでもオーガニックコスメという言葉がだいぶ浸透してきました。

小脇 確かに! その頃にムーブメントが来たなって感じはありましたよね。私も2014年に妊娠をしたことをきっかけに、全てのコスメをコスキチで変えました。

椋林 そうですね、2013年くらいからコスキチは安定した人気になってきて。でももっとオーガニックということを身近に感じて欲しいなと思って。日本でも、西海岸とかヨーロッパみたいにオーガニックというのを、「生活習慣」に落とし込む事ができるためには100円台から手に取れるデイリーストアが必要だなと思ったんですよ。そのためにも、やっぱり口から取り入れて自分の体を構成しているような食べ物や、インナービューティー。そういったものが毎日取り入れられるような生活のお店ができたらなと考えて。要はBIOな人々(people)を育成するお店を作りたいと考えて、「BIOPLE by CosmeKitchen」ができて。そこからさらに、インテリアストアとかバラエティストアとかもっと身近な場所でもオーガニックライフのきっかけを作ってあげたいと思って生まれたのが「ecostore」なんですよね。エコストアは直営店でやるよりも、他社様の店頭にオーガニックライフのきっかけになるようなものを並べて、手に取って「いいじゃない」と感じて。ナチュラルとかオーガニックって悪くないわね、パッケージもおしゃれだしね。そんな生活ステキだよね〜ってまずは気軽に思ってくれればいいなと。まずは、手にとってもらわないと始まらないですからね。そこから商品の良さや、生産背景に共感してもらったりして、もっともっと深いオーガニックライフが始まるんじゃないかって言う風に思ってるんですよね。

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株式会社マッシュビューティーラボ 取締役副社長 
株式会社エコストアジャパン 代表取締役社長
椋林裕貴

百貨店と経てブランドプロデュース業、IT業界を歴任する傍ら、2006年よりナチュラル&オーガニックの現コスメキッチンを当時のメンバーと創業。現在はBiopleやCelvoke、F organics、ecostoreなど多岐に展開。

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ファッションエディター/ブランディングディレクター
小脇美里

高校時代より、読者モデルとして活躍。アパレルブランドのプレス・デザイナーを兼任した後、ファッションエディターに。ウェディングドレスのデザイン、自身の著書を出版するなど多岐にわたり活躍。2児の母。令和初の「ベストマザー賞」経済部門を受賞。

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