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ホットロッド雑誌「Fly Wheels」を作りながらガレージに住む 及川壯一さんインタビュー

ホットロッド雑誌「Fly Wheels」を作りながらガレージに住む 及川壯一さんインタビュー

アメリカンモーターカルチャーの中でも伝統的なカスタム「ホットロッド」。その専門誌「Fly Wheels」(フライウィール)を立ち上げた及川壯一さんがサラリーマン的なポジションから脱し、世界的にもレアな雑誌を創刊したきっかけとは? そしてなぜガレージに住むことになったのか?
フライウィール
代表 及川壯一さん
1970年5月10日生まれ、宮城県出身。バーテン、週刊誌編集者を経て、クルマ・バイク雑誌の世界に入る。2004~2008年雑誌「Cruisin'」編集長、2009年に国内外のホットロッドカスタムを紹介する雑誌「Fly Wheels」(フライウィール)を創刊、同誌の企画・制作および編集長。

好きなことで生きると決めた「フライウィール」創刊当時

熱量高い読者が支える雑誌、創刊の直接的なきっかけは?

「それは割とネガティブだよ。「Cruisin'」(クルージン)(※)の編集長だったんだけど、会社の方向性が自分の性が合わなくてね。でも狭い業界だから、揉めると良くないじゃないですか。だから『もう続けられる自信がないですー』って言ってやめました」。

※Cruisin'=ホットロッド、カスタム、国産旧車を扱う1998年創刊の専門誌。現在は休刊。

「ただ、何も準備しないで辞めちゃった。普通は1年ぐらい前から準備して、辞めたらすぐに何か始められるようにすると思うんだけど、その時は何も考えてなかった」。

「だからもう自分で(雑誌を)出してみようかなと。すぐにいろんな出版社を回って雑誌コードを借りに行ったり、事務所探したりとか。で、最初は一番条件良かった所、要は編集(方針)に口を出さない出版社と一緒にやらせてもらうことになりました」。
Fly Wheelsは隔月刊(偶数月)27日発行。最新号#85の巻頭は、1950~60年代に日本国内で撮られたアメリカ車を特集。

資金はどうしたんですか?

「最初、自腹企画のつもりでフリーペーパーの0号に広告集めてプラマイゼロにできるかなって感じだった。そしたら取材先の仲間が広告を出してくれて、最初の1号を出せる印刷代ほど利益が出ちゃったので、そっから(定期刊行として)本格的にスタート」。

「ラッキーだったのは、雑誌や会社の名前でなく自分に広告を出してくれる仲間(クライアント)がついてきてくれたことかな。2009年の創刊当時はやっぱり雑誌売れてたから(時代も)良かったよね」。

「ついでに0号記念Tシャツみたいの作ったのよ。オーダー受けた分だけ作ろうかなと。どうせ昨日今日で考えた(雑誌名の)フライウィールなんて誰も知らないから、そんなに売れないと思ったら、これもまぁまぁ売れて。あの時は助かったなぁ」。
フライウィールでは、日本中のホットロッドカスタムのクルマやバイクを取材・紹介している。
フォード MODEL-B ROADSTER(1932年型)
引用/Fly Wheels
マーキュリー 2DR COUPE(1951年型)、フォード 2DR COUPEほか、戦後のアメリカ車カスタム数も多く掲載している。
引用/Fly Wheels

辞めるタイミングで別の出版社に勤めようという選択肢はなかった?

「全くなかったですね。リスクは少ないけど、好きなことができない。仮に会社に入らずに編集(編プロ経営)をやったとしても、制作費出してもらうと結局あーしろこうしろ言われるじゃん。で、広告取ってきたから『ベンツを取材して』とか絶対なるんだろうなと思って。それはもう最初から嫌だった」。
「とりあえず自由なのが一番いいなと。自由でさらに儲かりそうだから、当時は迷わず一番リスキーな『コード貸し』(※)っていう方法を選びました」。

※コード貸し=雑誌を流通させるために必要なコード(番号)を、実績のある出版社から借りること。現在FlyWheelsは自社コードで発行・流通している。

好きな世界で生きているという実感はあるもの?

「俺らの業界はみんな当たり前になってるけど、たまに普通の人と話すと『よくやってますね』とか、『すごいっすね』とか言われる。自覚ないけど、客観的に見ると確かに相当おかしなことやっているんだろうね」。

「でも心強い仲間はいる。そう、仲間だよね。今に続く人間関係はその(創刊)前から始まっていたかな」。

もう一つの憧れ「ガレージに住む」という発想

そもそもなぜガレージに住もうと思ったのか?

「一番最初に思ったのは、友達が住んでいたから。工場に場所借りて自分のホットロッドを自分で作っていた2000年代の半ば、見ていると住めるもんだなと。目の前で日々生きてる人がいるからさ」。

「その後フライウィール創刊して3号目ぐらいかな、マンションの一室だと雑誌の在庫が増えていくから、倉庫を借りなきゃいけなかった。その時は別に住む家があって、事務所と合わせて2件借りちゃっていたんです」。

「で、倉庫借りたら3件目の家賃払うことになっちゃうでしょ。だからでっかいガレージというか工場を借りて、この3つを一緒にしちゃえばいいんだと。ランニングコストを削るという意味でも合理的だし」。

他にガレージに住む理由は無かった?

現在及川氏自らレストア製作中のフォード Model T(1927年型)。
「その頃は東京に出版社があって、クルマのカスタム雑誌なのにすぐ駐禁取られて、クルマさえ置けないことにも『何かおかしくね?』と思っていました。だったらちょっと外れ(都下)の方で、クルマいじれるような、雑誌のコンセプト通りの生活をした方がいいじゃんとも思って」。

「騙してるわけじゃないけどさ、自分で(クルマのカスタムを)やってみようとか言っても、都心だと駐車場借りるだけで必死でしょう。そんな余裕ない自分が『クルマいじろうぜ』みたいなこと言っても、何か説得力無いなと。だったら、大きなガレージがあるところで仕事したかったし、仲間に場所を貸したりする関係もあった方がいいなと思って」。

ガレージの住み心地とは?

階段を上がると2Lの居住スペースになっている。
「ここ夏めっちゃ暑いし、冬めっちゃ寒いからね。断熱材入れてるけど、すぐ上屋根だから。普通の家みたいな(屋根裏の)空間がないし。壁はトタンだし、住みやすくはないよ」。

「部屋は2階だけどキッチンとか浴室は1階だから、冬なんかもうめっちゃ着込んで風呂に入りに行く」。

でもガレージとしての充実度は並外れているようです

「そうだね、旋盤以外は何でもある。200Vの溶接機もボール盤もある。最初はただのガランとした工場だったけど、少しずつ工具も増えていったかな。好きなものを好きなだけ入れられるガレージって、やっぱりいいよね」。

「ただ倉庫を兼ねているから、だんだんクルマの作業をする場所が無くなってきちゃったんだよね。工具より雑誌在庫の方が増えて、作業する場所がなくなってきちゃった」。

将来もずっと好きな雑誌を作ってガレージに住み続ける?

こちらも現在エンジンをレストア中。マーキュリー Comet(1962年型)。
「もともと3つ借りるのきつくて、1個にしようっていう合理的な考えだったから。手狭になってきたし、この先はもっと家賃が安い山奥とかに引っ越したいかも」。
「(将来には)不安だらけだよ。でも何とかんなるのよ俺の人生。例えばよくニュースでさ、借金が元でネットで見たら、いいバイトがあってやっちゃいましたとかさ、捕まってるじゃん。そんな状況までにはなったことがない」。

「周りの人たちとか仲間に助けられるんですよ、ホント感謝しかない。だから俺はたぶん一生こんな感じなんだろうなと思って」。
撮影/能勢博史

Fly Wheels(フライウィール)

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